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災害研究のプロが市民に防災講座(後半・フィールドワーク編)
J:COM安心安全チーム、埼玉担当の和田です。
2024年11月30日(土)に開催された、埼玉大学としては初となる地域住民向けの防災ワークショップ「地域の災害と防災を考える -桜区栄和を例として-」。
主催は埼玉大学の「社会変革研究センター レジリエント社会研究部門」で、2024年4月に発足し研究で得た知識を市民に伝える活動を進めています。
今回の記事では後半のフィールドワークをレポートします。
前半・座学編での学習がフィールドワークで活きるように作られた講座です。前半も併せてお読みください。
こんな所を観察しよう
一行は埼玉大学を出発…するや否や、5分ほどで立ち止まりました。
ブロック塀の前に参加者が集まっています。
レクチャーがあるのでしょうか?
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ブロック塀は建てられた年代によって倒れやすさが違います。いま、高さ1.2M以上のブロック塀は必ず鉄筋を入れなければならないことになっていますが、その義務がなかった時代のブロック塀は倒れやすいものです。まち歩きをする時は、そういった点も観察してみてください。
そうか!古かったり、1.2M以下のブロック塀には鉄筋が入っていない可能性が高いんですね。ふむふむ!このように歩きながら観察し知識を身につけてゆくフィールドワーク。
講座の参加者も、我がまちの塀を思い返しつつ、周辺を観察して歩きます。 一行は次のチェックポイントに。
マップと現実を重ねてみよう
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今みなさんは、お配りした地図の黄色と赤の境目のあたりに立っています。
この地図はさいたま市の「液状化危険度分布図」を拡大したものです。向こう側の一帯は赤く塗られ、手前側の黄色の一帯より液状化する可能性が高いという調査結果が出ています。
座学で見たマップと同じ場所に立つ経験は非常に新鮮。
片時も地図が手放せません。そして次のポイントでは…。
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いま地図上の水色と赤のメッシュが接している境目にいます。赤いメッシュで示されている一帯は家が密集しており、建てられてから年数が経っている住宅があるために被害件数が多いだろうと判定されているかと思います。
このポイントでは、建物被害分布図(さいたま市直下地震)と現地の様子を照らし合わせます。確かに…水色に該当するエリアは家の並び方も密ではなく、新しそうな住宅が多いようです。ふむふむ、だから水色で示されているのだなあ。
一行はフェンスに囲まれた水路の、北の端にやってきました。
ここから、地形のプロ、長田教授にバトンが渡されます。
見えない高低差を見てみよう
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地図をご覧ください。いま自然堤防と氾濫平野の境界あたりに引かれている水路の北の端に来ています。さて、水はどちらに流れているでしょうか?
観察して、そして次のポイントに行きましょう。
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「全然動いてないみたいだ…」
口々に参加者がつぶやき、記憶に焼き付けて、次のポイントに進みます。
この時点では観察する理由が明かされません。5分ほどで、一行は水路の南側の端に来ました。目を凝らして水面を観察しはじめた参加者にすかさず質問を投げかける長田教授。
「水はどちらに動いていますか?」
「コチラに流れているのが見えます!」
参加者の声のトーンに喜びがにじみ出ています。
見えないはずの高低差が見えた瞬間です。
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先ほど観察した場所は自然堤防の上で、わずかに標高が高い所でした。今いるところは自然堤防から下った氾濫平野です。水は正直で、高い所から低い所に流れます。目に見えない程度の傾斜に従って、水は低い氾濫平野に流れていきます。その観察方法を体験していただくために水路の上と下をお見せしました。
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先生のお話を聞き、記者は「洗った直後の平皿の中央に、うっすらと水が溜まっている様子」を思い浮かべました(伝わるでしょうか?)。
これがフィールドワークの醍醐味
さて、一行はさらに東へ移動。ついに浸水履歴がある水路までやってきました。フィールドワークもいよいよ佳境です。
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目の前にある、この水路。国土地理院地図の「治水地形分類図」で位置を重ねて見比べてみましょう。かつての川筋と重なっていますよね?つまり、今みなさんが立っているこの場所は、むかし川の中でした。
参加者から、おお、と声が上がります。
ここが川の中だったんだ、という驚きでしょうか。
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「水はどちらに向かって流れていますか?」と長田先生。
「こちらに向かって流れています!」と自信をもって答える参加者。
先ほどの水路と比べ、この水路の流れが目に見えて速いことに、どの参加者も気づきました。なるほど、なるほど、これが旧河道なるものか。
さて…
「なぜこのポイントで特に浸水被害が発生するのか?」
座学でギモンを提示しましたが、いま見てきた水の流れが答えを示しています。四方を自然堤防に囲まれて、氾濫平野の真ん中に集まった水は出口を求め、さらに低い方…つまり、かつて川だったこの場所に集まってくる。それが、この周辺で浸水が発生する理由です。
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記者は「なるほどこれがフィールドワークの醍醐味か」と感心。
参加者も、名探偵が密室殺人を解き明かした現場にいるような面持ちで、なるほどねえ~とつぶやきながら水面と地図を見比べています。そこで、参加者のお一人に感想を伺いました。
臨場感が知的好奇心を刺激する
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地図と現地とを照合する臨場感。わかりやすく、「なるほどなあ」という納得感があった。一番興味深かったのは水路の流れや旧河道を体験したことですね。実際に歩いてみることで、よくわかりました。
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また、地面の凹みが地形によるものか、地盤沈下の影響によるものか、道中で違いを教わったことも刺激になりましたね。それで、まちを一層深く観察できるようになった。たとえば、排水管を地下ではなく地上に吊りあげて配置している住宅を見つけ、「旧河道に建っている住宅だから、地盤沈下対策で吊っているのかな?」と想像したり。
「知識が五感とリンクしてゆく臨場感」を、熱のこもった話ぶりと輝く瞳で伝えてくれた参加者。こちらの方は建築物に詳しく、教授から学んだ知識とご自身の職業知識が結びつくことで気づきを得たようです。教わってすぐに新たな発見にたどり着くとは…!フィールドワークにはこのように「人を育てる」効果があるようです。
さて、読者の皆さんにワークショップの魅力は伝わったでしょうか?災害研究のトップランナーである埼玉大学の教授からじきじきに教わる豪華さも相まって、記者にとって大変たのしい取材になりました。次回の開催が楽しみです。
取材協力 埼玉大学 社会変革研究センター レジリエント社会研究部門
参考リンク 地理院地図 Vector (+自分で作る色別標高図)
参考リンク 建物被害分布図(さいたま市直下地震)
参考リンク 桜区浸水履歴マップ/さいたま市